銘仙  アカイ べべ 着た おんなの子。。。。

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写真でみても じつぶつでも マッカです。
ちょっと朱のはいった赤いろ。
クレパスの赤。
カタあげもしてあって  コシヒモもつけてある子どもようの仕立てです。
丈はだせるだけだしてあります。
このキモノのコシヒモは たぶん ・・・
ハチマキを半分に切って つけられたんだとおもいます。
カタホウのひものはしに ナマエがかかれています。
・・・富田林小学校 三年一組  石田○○子・・・
マジックでかかれているところをみると
昭和になってからのキモノとオモイマス。

銘仙の生地をダイジにおいておられて
女の子のお孫さんように仕立てられたんでしょうか。
なかなかこういった銘仙のキモノはありません。
昭和30年代40年代ごろ
ウールのかすりもようの キモノと羽織のおついが定番だったジダイがあります。
紺の地に赤やみどりのかすりもようを織りだしたキモノで
ウールがちょっとチクチクしました。
わたしは黒の地に赤のイゲタもようと 白のイゲタもようが はいっている
おついのキモノをしたててもらって
お正月とかのふだん着に着せてもらいました。

この銘仙のキモノをしたててもらったオンナノコは
どんなにウレシカッタことでしょう。
たいせつに テイネイにきられたようすがわかります。

コシヒモにつくりかえられているハチマキじたいも
手づくりで ミシンがかけてあります。
そういえば わたしもハチマキ 手づくりのモノと買ったモノと両方もってました。
買ったモノは 赤と白のウラオモテになっていました。
家で母がつくったモノは 白い布でつくったモノ。
洗いがえようだったのか。。。
体育の授業にもっていくハチマキをあらって アイロンかけてました。
じぶんで。。。
赤白帽子ではなくて オンナノコはハチマキでした。
男子は 赤白帽だったんでしょうか。
弟は赤白帽だったような気もします。

もうすこしまえになると 男子も女子もハチマキでした。
ハチマキがじょうずに巻けなくて。。。
キリッとむすびたいのですが
だんだんずれてきて とれてしまうのです。
低学年とかだとムズカシイデス。

今はだれもハチマキなんてしてませんねぇ。
ちなみに わたしは黒いブルマーはきました。
福井県の小学校のとき。
大阪にひっこしてきて 白いハンパンだったのはショウゲキでした。
でもブルマーはいている子もいました。
先生方も それぞれの御家庭の事情をカンガミテ
なんでも買うということを一律にされませんでしたので
アルモノでいいというのが 一般的でした。
なので 体育のトキの服装も いまからおもえば
かなりバラバラだったような気もします。
おおらかなジダイデシタ。
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by utukusiimono | 2012-01-31 00:59 | 古いもの・古びたもの

朝日が隣のマンションの窓ガラスに反射して向かいの御家の窓に反射してウチのドアスコープにピンポイント。そして玄関の壁に虹ができた。キセキのようなウツクシイモノ。


by magata
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